ファッション化できたわけではない

2011.06.18

「男女の下着姿を、田舎ではおろか街中でみかけることは、それほどめずらしいことではなかった。夏の夕涼みに、縁台を持ち出し、男はステテコ、女は腰巻あるいは木綿のスリップにうちわで、その傍らでズロースやスリップ、あるいはパンツだけの子どもたちが花火に興じている風景は、下町の夏の風物詩ともいえた」また、『モノ誕生「いまの生活」(水牛くらぶ編、晶文社、1990)』では、当時のスリップに関して「家にいるときは、おとなもナイロンのスリップ一枚」であり、「部屋着の感覚」二種の衣服、インナーウェアだった」と位置づけている。実際、1961年夏に「部屋の中での遊び着としても、そのまま使用することが出来る」としてホームスリップという製品が販売されている。ブラジャーやショーツに比べると、その上に着るスリップはアウターウェアに近い中間的な性格を有していて、他者に見られる抵抗感が比較的少ない下着だったようだ。しかしそれでも、下着業界が少しオシャレ心を加え、ピンクやサックス、パープルといったカラーのスリップを店頭に並べ始めると、早速、批判する記事が雑誌に載る。「メーカーや百貨店は日本中の女性を、みんな娼婦に仕立てようと考えているのだろうか」「ゆがめられた下着ブームとやらいう商策よ、こころからのケイベツをこめてさようなら」と。これに対してメーカーが反論する。PR誌『ワコールニュース(1958年5月号)』では製品企画課の次長がこう書いている。「果して洋装の女性から、スリップを否定されて何を着ろと云われるのでしょう。レースやフリル、肌に心地良い薄い化繊をケイペツされて、男物と変りのない白一色のメリヤスのシャツがよりよいと云われるのでしょうか。あの色気のないシュミーズを健全な日本的な女性の下着として推賞されるのでしょうか」スリップですら、最初からすんなりとファッション化できたわけではないようだ。とはいえ、このような論争が発生したこと自体に、当時の下着に対する社会的な関心の高さがうかがえる。こうした論争を尻目に、スリップは実にユニークな舞台において、さらにファッション性を高めてゆくことになる。その場所が場所だけに、男性からの視線にさらされることなく、女性たちは下着のおしゃれを、優雅に、堂々と他者に見せることができたのだ。その舞台とは公衆浴場、すなわち銭湯である。

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